01101競馬パネル:カブラヤオー「1975年第42回東京優駿」
<サイズ>
□ 額:(約) H:42.1cm/W:53.1cm/D: 2.6cm
<商品説明> ※伝来・口上
□ 【IKアイケー血統研究所】より抜粋
・カブラヤオー
父:ファラモンド 母:カブラヤ 母の父:ダラノーア
1972年生/牡/IK評価:3B級
主な勝ち鞍:ダービー、皐月賞 父:ファラモンド 母:カブラヤ 母の父:ダラノーア
・脚質はただひたすらの逃げ。終始「いつつかまるか」という不安がつきまといながら、終わってみたら逃げ切っていたというレース振り。
・ハイセイコー、キタノカチドキなど華やかな人気馬に続いて出てきたカブラヤオーは「6月」誕生という馬の社会では遅生まれで「300万円」という価格でも買い手がつかなかったという“見栄えのしない”馬体。その輝かしい戦績とは裏腹に、血統的なイメージも非常に地味な馬であった。
□ 【優駿】2019年10月号掲載「江面弘也」著より抜粋
・菅原泰夫騎手「不細工でね。でも、走らせるとよかった。能力はすごかったんだけど、馬が横にいると恐がってね。調教でもそう。落ちなかったのは俺だけ。内ラチから外に飛んでいったりして、みんな落とされていた」。
「でも、ダービーはかならず『テレビ馬』がでるからね」。(笑)
・『テレビ馬』とは、まるで「テレビに映りたい」とばかりに一か八かの逃げを敢行する馬をいう。この年のダービーの「テレビ馬」はトップジローだった。ゲートが開くと同時に先頭を奪ったカブラヤオーを、絶対に逃げさせないとばかりに内から競りかけてくる。それでも、カブラヤオーは先を譲ることなく、2コーナーを回ったところで突き放した。しかし、最初の1000mは58秒6。皐月賞を上回るペースである。
向こう正面で一度スピードを緩め、3コーナーを過ぎたところで再び加速していくのだが、直線に向くとさすがに余力がなくなっていた。残り400mを切ったあたりから外にふらつきだし、最後の200mは13秒3と完全に脚が上がっていた。しかし、ほかの馬たちは追いかけてくるだけで精一杯だった。2着ロングフアスト、3着ハーバーヤング。トップジローはカブラヤオーから5秒6遅れての26着。後ろにはまだ2頭いた。
それにしても、無茶で、すさまじいレースである。仮柵もなかった当時の荒れた馬場で、いまの時代でも暴走といわれる速いペースで逃げ、ダービーを逃げ切ってしまったのだ。そんな馬は後にも先にもいない。恐るべき逃げ馬である。
・三冠の期待がかかったカブラヤオーは9月になって左前脚に屈腱炎を発症する。4歳の5月に復帰して4戦3勝(唯一の負けは、ゲートで頭をぶつけて脳震盪を起こして最下位)と復活の兆しを見せていたが、目標の秋の天皇賞を前に屈腱炎を再発し、引退が決まった。
× 右上・右側面が大きく「剥がれ」ています。
△ 「ヤケ」「シミ」がありますが、経年劣化相当です。
<本商品への思い>
■ 木枠のパネルは「大衣判」(394×509)が綺麗に収まる42cm×53cmが当時から定番だったようです。そしてまだ “白黒”が全盛期ですが、とにかくアングルが優れているものが多いですね。(^^♪
■ 暴走気味に飛び出して、3コーナーから4コーナーにかけてペースダウン“ひと息”入れている間に後続に“足を使わせる”。追いついてきた相手が少し“ひと息”入れたい直線入り口で“ラストスパート!”突き放す圧逃劇。これはGグレード戦のみならず、条件戦でも極稀に見られました。>ロードブレーブ、我が愛馬です。(^_^)\
■ 剥がれているのは残念ですが、綺麗に切れているので木枠も古臭いですし、額装そのものを変えてしまうのがよろしかろうと存じます。ネット上でも同シーンは見つけられますが、この白黒アングルはちょっとお目にかかれないと思いますよ。(^_^)
■ お好きな方へお譲りできれば嬉しいです。