入門書と称されてはいるものの、その実奥深い仏教美術を整理分類・網羅した質量ともに最高峰の内容となっています。
引用元参考文献としてもよく用いられてきた、仏教美術、東洋美術、古美術、骨董愛好者必携の、大変貴重な資料本。
【緒言より】
仏教は八万四千の法門といわれ、その経典はインド撰述だけで五千余巻をかぞえ、それにシナ朝鮮日本撰述の註疏をも合せるときは、一万巻をはるかに凌駕するほどの厖大なものである。したがって、同じ仏教といっても、その教理には一見相反するようなものまで包含されている。仏教は人間が仏になる道、悟りを開く道であるはいうまでもないが、禅宗は坐禅によってそれが得られると教え、浄土教は阿弥陀仏をたのみ念仏することによって可能であると説く。ところが日蓮宗は上述の教えに対し「念仏無間褝天魔」即ち念仏するは無間地獄への道であり、禅宗は天魔の教えであるといい、両者を否定して南無妙法蓮経の唱題こそ抜苦与楽の道であると教える。また真言宗は身に仏の印契を結び、口に真言を唱え、意に仏を思うことにより、三密加持して即身成仏するといい、天台宗は常行常坐等の四極三昧を修する事により仏を見、仏に帰一出来ると説く。律宗は戒律為本といって、仏戒を守ることこそ仏に近づく唯一の道であるといい、華厳法相等の奈良朝仏教は知恵を磨き、真理に合一することが仏に成ることであるという。
そして、こうした多岐にわたる仏教教学の上に立つ仏教美術は、それが単純であろうはずはない。
よく仏教は多岐にわたって把握しがたいというが、それと同じ程度において仏教美術も一般にはなかなか把握しがたいものである。仏教美術に関心をもたれる人が、はじめはただ興味本意で這入ったが、さてなかにはいってみると奥が深くなって次第にわからなくなったと聞く。それは仏教教理の深遠さと、その多角性によるものである。
しかし、それも筋を立て、順序をつけて研究すれば必ずしも難解なものではなく、仏教教理が論理的なものであるだけに、それだけ解明しやすいものともいえる。
私はもともと仏教美術には無縁の徒である。愛知県の百姓の家に生まれ東京に出て国語漢文科を修め、ふとしたことから仏教に関心をもち、仏教美術に首を突込み、仏教にも美術にも何の予備知識のない私は、手あたりしだいに諸書をあさり、素人なりに仏教美術のおよその大系をつかみ得たような気がするので、私の過去をふりかえりながら、ズブの素人の人にもわかるような仏教美術入門書を書いてみようと思ったのがこの書である。
仏教美術を難解難入という人のために、果して期待にそうかどうかわがらぬが、私なりのまとめかたによって、一応の御理解を得れば望外の喜びである。私は、いわゆる日本仏教美術は、
1釈迦関係の美術 2大乗仏教(顕教)美術
3密教美術 4浄土教美術
5禅宗美術 6垂迹美術
の六つに大別して理解するのが、最も安易な方法のように思われるので、以下それに従って述べることとする。
【目次より】
緒言
●釈迦関係の美術
諸種の釈迦像
仏伝・本生譚
仏弟子その他
舎利塔と仏足石
仏教用具
●大乗仏教(顕教)美術
如来の造形
菩薩の造形
天部の造形
祖師像など
経典の荘厳
仏教用具
●密教美術
非人間的仏格
忿怒明王像
大日如来と十二天
曼荼羅
祖師像
貝葉経
密教用具
●浄土教美術
諸種阿弥陀像
浄土教の菩薩と祖師像
浄土曼荼羅その他
地獄六道関係遺物
浄土教用具
●禅宗美術
達磨像
頂相
墨蹟
禅画
禅宗用具
●垂迹美術
御正体 懸仏
垂迹像
垂迹曼荼羅
修験用具
経塚遺物
結語
あとがき
索引
【例言より】
一 本書は通俗的な叙述を旨としたため、用語もなるべく専門語をさけ、また経文の引用もあまりしないようにつとめた。そのため理解に不十分な事もあろうが、特に専門的な知識を必要とせられる人は、辞書なり他の類似書によって補ってもらいたい。
一 遺例の紹介には国宝並重要文化財指定のものを主として掲げた。しかも用来るだけその製作年代を付記した。国宝の年代は目録にもあるが重文のほうは目録にはない。それをあえてしたことは相当冒険ではある。従ってそれには誤っているものもあるかと思うが、一応の年代を知ることは研究者にとって便利がよいと思うので、批判を党悟してのせた。誤ったのは皆で訂正してもらいたい。
なお国宝は◎、重要文化財は○をつけて区別した。
一 年代の呼称については
飛鳥時代(仏教伝来より弘文天皇まで)
白鳳時代(天武天阜より元明元正まで)
奈良時代(聖武天皇より平城京終)
平安初妙(平安遷都より藤原道長以前)
藤原時代(藤原道長時代より平家滅亡)
鎌倉時代(鎌倉時代初より北条氏減亡)
室町時代(南北朝より元亀三年)
桃山時代(天正元年より慶長末年)
江戸時代(元和元年より明治維新まで)
とした。
文化財で使っている年代区分とは多少異なるところもあるが、私のノートがそうなっているからそれによった。白鳳時代、平安初期とをたてることと、南北朝を室町時代に入れたこととに違いがあるので、その点お含みのうえごらんください。
一 表における年代の記人は次の略号を用いた。
飛鳥時代(飛) 白鳳時代(白) 奈良時代(奈) 平安初期(平) 藤原時代(藤) 鎌倉時代(鎌) 室町時代(室) 桃山時代(桃) 江戸時代(江) 唐時代(唐) 宋時代(宋)
元時代(元)明時代(明) 新羅時代(新羅) 高麗時代(高麗)
一 掲載の写真には矢沢邑一氏、米田太三郎氏、永野太造氏、小川光三氏、土門拳氏、入江泰吉氏、浜田隆氏、光森正士氏等の配慮によるところが多かった。謹而謝意を表す。
【著者について】
石田茂作(瓦礫洞人)
1894‐1977(明治27‐昭和52)
仏教考古学者。瓦礫洞人と号した。学徳兼備の人で、仏教考古学を開拓、その体系化に貢献した。
愛知県岡崎市の生れ。東京高等師範学校専攻科卒業後、1925年東京帝室博物館に入り、以来ここを研究の本拠とした。30年発表の《写経より見たる奈良朝仏教の研究》は、8世紀の日本仏教の基礎文献として高い評価を得、39年には若草伽藍址を発掘、法隆寺の再建説を実証し、法隆寺再建非再建論争に終止符を打った。
41年の《飛鳥時代寺院址の研究》全3冊は古瓦の編年を基礎に社会構造にまで言及した労作。