作品収蔵：ホキ美術館　日南町美術館等

卯野和宏「音」油彩 25号 〈創と造〉展出品・図録掲載作品
本作《音》は、写実画家・卯野和宏によって2016年に制作された油彩作品で、「創と造2016展」に出品され、図録にも掲載された代表的な一作です。キャンバスサイズは25号（80.4×53cm）と存在感のある大作で、静謐な空気をまとった女性像が繊細に描かれています。画面には、木製の椅子に静かに腰掛ける一人の女性が、横顔をこちらに向けながらそっと佇んでいます。肩を出したグリーンのワンピースが柔らかな陰影を受けて優美に揺らぎ、背中で結ばれたリボンが、静かな感情のゆらぎを象徴するかのようにそっと画面にアクセントを与えています。彼女の表情は静かでありながら、内面に深い思索を湛えており、そのまなざしは見る者にさまざまな「物語の余白」を残します。

画面全体は穏やかな中間色の背景によって包まれ、対象を浮かび上がらせながら、空気感そのものを写し取るような表現に至っています。肌のなめらかさ、椅子の木肌、衣服の質感。そのどれもが極めて写実的でありながら、どこか夢のような距離感をたたえています。作品タイトル《音》は、視覚に訴えるこの絵画に、聴覚的な想像の余白を与えるものです。静寂の中にふと立ち上る気配のような「音」。それは風の通り過ぎる音か、記憶のなかの声か、それとも沈黙そのものが奏でる旋律なのか。この作品は、見る者に対し、五感と心の深層を通じて語りかけてきます。卯野和宏の作品は、単なる写実を超え、「見えないもの」を丁寧に描くことに主眼が置かれています。《音》もまた、対象の外形を越えて、その存在が放つ余韻や気配を、美しく、静かに捉えた作品です。