【真袖】初世五姓田芳柳/廿代飯沼兵次郎(北蒲原郡黒川組大庄屋/現新潟県胎内市)真像/明治18作/中井敬所賛/初期洋画/文政10江戸赤坂生/真作 收藏
拍卖号:m1227815586
开始时间:04/25/2026 19:13:05
个 数:1
结束时间:04/26/2026 21:09:55
商品成色:二手
可否退货:不可
提前结束:可
日本邮费:买家承担
自动延长:可
最高出价:won********
出价次数:1
| 必ずお読みください! |
| 2018年3月から出品者に「ヤフーかんたん決済」の利用が強制されました 当オークションでは長くご利用を遠慮いただいておりましたが、今後ご利用を「可」とすることにいたします 但し今回の改悪により入金までさらに長時間を要するようになり出品者には大きなリスクと言わざるを得ません つきましては、引き続き良品を出品し続けるために次の4点を遵守願います ①必ず落札翌日までにお振込みまでのお手続きを完了願います ②お品物がお手元に届きましたら当日中に「受取連絡」を願います ③落札の翌々日または翌々々日にスムーズなお受け取りのできない方(時間指定は承ります)の入札はご遠慮下さい(お支払いをいただいても「受取連絡」がない限り入金されないのが現在ののシステムですのでご了承ください) ④領収書は発行いたしません(当方へ全額入金はされません/領収書はヤフーに請求されるか金融機関等の受領証で代用ください) 以上お守りいただけない場合は「落札者都合」で落札を削除いたします(この場合お客様に「非常に悪い」の評価が自動的につきます)のでご注意ください! どうかご協力をお願い致します なお必ず自己紹介欄をお読みになり内容をご納得いただいた上でご入札ください |
| 作者と作品 |
| 文政10年紀州藩士浅田富五郎の子として江戸赤坂に生 幼少のころ父を失い、転々と五つの姓を転々と名のったので、後年五姓田と称す 始め歌川国芳に浮世絵を、さらに樋口探月に狩野派を学ぶが、長崎で見たオランダ絵画の迫真的写実を求め、絹地に暈染法を用いる西洋画風の明暗法を苦心して創案 幕末には横浜に移り、この和洋折衷手法による肖像画や風俗画を描いて「横浜絵」と称された 明治6年東京浅草へ移り住み、幻視画の見世物ジオラマを制作するほか、宮内省の委嘱で明治天皇の肖像を描く また西南の役に際して大阪臨時陸軍病院に出張を命じられ、多くの負傷者を写生、『西南役大阪臨時病院負傷兵施術光景』を制作した 浅草に光彩舎を設けて洋画の注文制作をするが、仝17年にかけて文部省図画御用掛として新潟学校師範学教場に赴き、小学校教師に図画の講習を行う 翌18年末には芳柳の号を養子の倉持子之吉(2世芳柳)に譲り柳翁を名乗る 仝23年には渡米するなど晩年まで貪欲に活動を継続、本邦黎明期の洋画壇を支える多くの門人を育成した洋画家、初世五姓田芳柳(1827~1892)の『廿代飯沼平次郎真像』幅 絹本水彩 上下パー中緞子三段装 35×94cm(本紙) 落款は「明治十八年十一月二十日於北越〇〇五姓田芳柳画/印(五姓田芳柳印)」 上部の長文の賛は後年(明治25年)の加賛で明治時代の篆刻家で書家の中井敬所(1831~1909/江戸本所生)によるものと思われる モデルの飯沼兵次郎は越後北蒲原郡関沢村(現新潟県胎内市)の熊倉伝右衛門の三男で天保9年生、安政2年に同郡飯角村の飯沼家に入婿、29代飯沼兵次郎を襲名、同郡黒川組大庄屋、維新後は地券用掛・地租改正用掛等を務めた 状態悪く美術品としての鑑賞には不適ですが、芳柳と越後の関係を物語る郷土資料としてお役立てください |
| 状態・その他 |
| 状態は非常に悪い 本紙表具ともヤケシミ強し 折れシワ痛み汚れ劣化多し 風帯も片方欠 箱はありません また本作は油彩ではありませんが貴重な黎明期の洋画作品ですので、このカテゴリーに出品させていただきました、悪しからずご了承ください 真作保証品(万一所定鑑定人の鑑定が通らなかった場合は返品をお受けします、但し鑑定に係る諸費用はお客様のご負担でお願いいたします)! 古いものですので、画像をよくご覧になり、ノークレーム、ノーリターンでお願いします |
| 出价者 | 信用 | 价格 | 时间 |
|---|
推荐