井上直久（1948年大阪府生まれ）は、金沢美術工芸大学を卒業後、広告代理店勤務を経て1973年から1993年まで大阪府立春日丘高校に勤務した画家で、1983年に絵本『イバラードの旅』で講談社絵本新人賞を受賞し注目されました。彼は自らの暮らす茨木市を理想郷「イバラード」と名付け、見慣れた風景を幻想的な世界へと変容させる独自の心象風景を描き続けています。その作品には浮遊する島や小惑星、四季が同時に存在する多層海、光に満ちた市場などが現れ、現実と空想の曖昧な境界に立ち上がる幻想世界が表現されています。代表的な画集には『イバラード博物誌』シリーズ（1994～2012）、『世界はあなたのコレクション』（2001）、『IBLARD井上直久―世界はもっとキレイにみえる―』（2017）があります。また、スタジオジブリとも深い関わりがあり、『耳をすませば』の挿話「バロンのくれた物語」で美術を担当したほか、2006年には自身原作の短編アニメ『星をかった日』が宮崎駿監督により制作されました。国内外で精力的に展覧会を開催し、幻想と現実が交差する独自の世界観を絵画や立体作品を通して表現し続けています。

井上直久「探していた家」油彩 約20号 大作
井上直久が描く理想郷「イバラード」の世界を体現した一作です。画面の手前には温かな灯りを感じさせる小さな家と、そこへ向かう人物が静かに配され、見る者を物語へと誘います。その背後には、光の粒子に包まれて浮かび上がる幻想的な都市や岩山が重層的に広がり、現実と空想の境界が曖昧に溶け合う世界観が表現されています。

油彩ならではの厚みと透明感を兼ね備えた色彩は、紫や青、ピンクのグラデーションを基調とし、点描風の光のきらめきによって画面全体に柔らかな輝きを与えています。大作ならではの迫力とともに、アーチ型の額縁は窓越しに理想郷を覗き見るかのような効果を生み出し、観る者自身がその「探していた家」を訪ね歩く旅人であるかのような感覚を抱かせます。

本作は、井上が一貫して追い求める「日常の風景を理想郷へと変容させるまなざし」を象徴する作品であり、誰もが心の奥で探し続けている「拠り所」や「帰るべき場所」のイメージを投影した、詩情あふれる心象風景といえるでしょう。